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沖縄返還40周年に寄せて

沖縄返還40周年に寄せて

パーマリンク 2012/05/16 11:13:04 著者: sugimotokazumi メール

5月15日(火)に沖縄の本土復帰40周年となったわけですが、沖縄の方々は、本土の人々とは、「気持ちが違う」「差別がある」といった心情を吐露しておられました。沖縄は、明治以前から東アジアの安全保障上の要所であることは、どなたも否定し得ないことであります。また一方で、日米地協定などで、交通事故や暴行事件等でみても、人権や生活権が侵されていることも否定できません。理想と現実は存在するわけでありますが、理想に近づくような現実の対応が必要です。理想は地位協定見直しでありますが、現実は運用の見直しで、今ある沖縄の方々の人権や生活権をきちんと護ることが、政治の責務と感じています。

1 コメント

コメント from: fan [訪問者]
この日の沖縄復帰40周年記念式典に水を差すようなことがあった。何と鉄面皮な人だと呆れる。
以下毎日新聞からの引用です。

 鳩山由紀夫元首相は15日、沖縄県宜野湾市のホテルで講演し、米軍普天間飛行場(同市)の移設問題に関し「『最低でも県外』という気持ちを果たさなければ沖縄の皆さんの気持ちを十分理解したと言えない」と語った。鳩山氏は政権交代前の沖縄訪問で、「最低でも県外」と表明。首相就任後は県外移設で迷走したあげく、10年5月に移設先を同県名護市辺野古沖とする日米合意を決めた。にもかかわらず、再び沖縄で首相当時の決定を否定して、「最低でも県外」に逆戻りした。
 鳩山氏は記念式典出席のため、首相退任以来初めて訪沖。地元企業が参加する勉強会に招かれた。鳩山氏は「自分の思いが先に立ちすぎ、綿密なスケジュールを立てられなかった。結果として皆さんにご迷惑をかけ、心からおわびしたい」、「官僚、国会議員を説得できなかった不明を恥じる」と陳謝を繰り返した。
 普天間問題の決着を自ら「10年5月末」と区切ったことに関し、「予算の審議でまったく身動きできずに4月を迎え、4月、5月の2カ月ですべて進めるのは考えてみれば無理筋だった」と反省。
2012/05/18 @ 02:09

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